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【日本の蒸留酒の命】河内源一郎商店で種菌と麹のスゴさを知った

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【日本の蒸留酒の命】河内源一郎商店で種菌と麹のスゴさを知った

キミは焼酎を飲むだろうか?
飲んだことはあるだろうか?

焼酎造りには種菌というものが不可欠だが、鹿児島県霧島市にある会社が全国で焼酎を作る酒蔵への種菌の販売シェア80%を誇ることは、私は先日初めて知った。

 

種菌の世界は奥深く、河内菌を発明した河内源一郎さんはもう1つの偉大なる発明で広くその名を知られるはずだった。
ただの菌の話と侮るなかれ。

今回は「【日本の蒸留酒の命】河内源一郎商店で種菌と麹のスゴさを知った」と題し、種菌や麹、それを作る河内源一郎商店についてまとめていこうと思う。

河内源一郎商店の種菌は焼酎蔵における全国シェア80%!残りの20%はなんと。。。

今回は河内源一郎商店のWEB事業部の牧野利光さんにお話を伺った。

河内源一郎商店は麹の元になる種菌というものを扱う会社であり、なんとこの種菌を扱う会社は全国でも5社しかないらしい。

そして、こと焼酎においては河内源一郎商店の全国シェアは80%。
ほとんどの焼酎には河内源一郎商店の息がかかっていると言っても過言ではない。

 

ただ、こういう話をすると「じゃあ残りの2割は?」とよく訊かれるそうで、その答えは「弊社の菌のコピー商品です」とのこと。
屋号にもなっている河内源一郎さんが河内菌を生み出したが、そのコピー版が2割ほどは出回っているそうだ。

原因については想像の範疇を出ないが、種を扱う人が行く学校は大体決まっているようで、河内源一郎さんの血縁者が当時の学友などに分けてしまったことで生まれたかもしれないとのこと。

 

ちなみに河内源一郎さんが見つけ出したのは白の種菌。
黄色の種菌は味噌や醤油、日本酒などに使われ、以前から存在していた。

全国で5社しかない種菌を扱う会社の中で、白、黄色、黒の種菌を所有しているのは河内源一郎商店だけとのこと。

 

韓国のマッコリは河内菌によって多くの人に愛されるお酒になった

「今の韓国のマッコリや焼酎には河内菌が使われているので感謝している」

ちなみに河内菌は、あのマッコリにも大きな影響を与えている。

河内さんのお弟子さんに韓国の方がいたそうだが、戦時中に鹿児島のお店が焼けてしまい、商売ができなくなってしまったのでその人に菌を分け、韓国に帰って商売をするよう伝えたそうだ。

 

そして、その人が河内菌を使ってマッコリの再構築を行い、多くの人に愛されるお酒になったとか。
マッコリそのものは古くから韓国の地酒として存在していたものの、世界中に輸出できるようなお酒へと進化したのは河内菌のおかげらしい。

 

しかしその事実を河内源一郎商店側では把握していなかったそうで、それを知ったのは1988年のソウルオリンピック。

日本でも有名なJINROの当時の会長が河内源一郎商店を訪れ、「今の韓国のマッコリや焼酎には河内菌が使われているので感謝している」という旨を話されたそうだ。

 

冷蔵庫で保管しているだけで味が変化していく河内源一郎流マッコリ

それなのに韓国政府は、「今のマッコリは日本の技術を使って作られているので、韓国古来の技術を復活させるべき」と言っているとかいないとか。

ただ、河内源一郎商店側ではそもそも把握してなかったので、あまり気にはしていないようだが。

 

それどころか韓国から輸入するマッコリにはその移動などに耐えるためなのか強めに殺菌したり、発がん性物質が含まれるという人工甘味料のアスパルテームが大量に入っていたりするため、河内源一郎商店側では独自にマッコリを作っているとのこと。

ただ人工甘味料はもちろん殺菌もしていないので、ボトルの中で常に発酵を続け、冷蔵庫に入れている間に味がどんどん変わっていくらしい。

 

どういう風に変化するかというと、最初は甘酸っぱい味わいでアルコールも2%程度だが、中の糖分が無くなると共に辛味が増し、アルコールも9%ぐらいになるとのこと。

アルコールが好きならばそこまで発酵を待つのも構わないが、通常は3~4%程度の段階で飲み切ってほしいと牧野さんはおっしゃっていた。

 

ちなみにそのマッコリは普通の酒屋などで購入することはできず、河内源一郎商店内のお店、または通販サイトで購入できる。

 

わずか300グラムの種菌から、一升瓶の焼酎が800本

種菌わずか300グラムから、一升瓶800本相当が作れる300キロもの麹菌ができるそうだ。
ただその分種菌の品質が悪いと、800本もの焼酎がムダになる可能性もある。

そのため種菌の作成は全て手作業だが、できた後に丁寧に品質のチェックを行い、出来が良くなかったらなんとロットごと廃棄するらしい。

 

令和になっても種麹の管理は「もろぶた」と呼ばれる木の箱。
そこに薄く広げて管理しているんだとか。

その努力があってこそ今日まで発展しているのかもしれないが、肝心の種菌は段々と弱っていくため、研究室での植え継ぎを繰り返して純粋な菌を保つ努力を続けている。

 

そしてこの技術は門外不出。
この技術こそが、種菌の会社を種菌の会社たらしめているのかもしれない。

 

初代、二代目、三代目、四代目がそれぞれ違う分野に走っていく

ただ、種菌をひたすらキープすることが重要なので、基本的には増えもせず、減りもせずとのこと。
そこを知ってか知らずか、代替わりによって様々な分野に手を伸ばしている。

初代は麹菌を発見して、それを元手に商売をスタート。

 

それを引き継いだ二代目は「いくら良い麹菌を提供しても、杜氏(とうじ)の腕の良し悪しによって焼酎の味に影響が出るのは良くない」と考え、安定した麹が作れる機械を開発し普及させた。

そこからさらに進み、最終的には焼酎の蒸留機まで開発したそうだ。

 

その機械は九州では九割、海外では韓国や台湾、タイなどでも使われている。
二代目が焼酎の分野での麹菌普及をある程度終えた後、三代目は農業や環境の分野に麹菌を活かす研究を進めている。

そして2018年に帰ってきた元医者の四代目は、ある意味必然かもしれないが医療分野での麹菌の研究を進めているんだとか。

「麹はわかっているようでわかっていない神秘的な部分が多いので、そこを解明していきたい」と牧野さんはおっしゃっていた。

 

麹が世界を牛耳る日も近いのかもしれないと思ってしまった。

 

霧島名物の霧島茶に麹を生やした茶麹(ちゃこうじ)の驚くべき事例

医療や農業の分野での具体的な事例として、茶麹(ちゃこうじ)というサプリメントのお話を少し伺った。

あまり知られていないかもしれないが、鹿児島県霧島市はお茶の産地として有名であり、全国のお茶の品評会で2017年・2018年と2年連続で日本一に輝いている。

 

そんな霧島茶に麹菌を生やし、それを粉砕して手軽に摂れるようにしたサプリメントが茶麹である。

とまあ言うのはカンタンだが、本来麹菌はでんぷん質が無いと生えない。
しかしそこは、河内源一郎商店の特許技術で見事に実現させている。

 

薬事法や薬機法の関係で効果を大々的に謳うことはできないが、1つの大きな事例がある。
そもそもそれを作るきっかけとなったのは、鹿児島銀行の元頭取が糖尿病のためにインシュリン注射を打ちながら会合に出ていたこと。

しかし、この茶麹を飲み続けることで正常値に戻って注射が不要になり、驚いた主治医の先生までサプリメントを飲むようになったんだとか。

 

それを受けてその元頭取からも販売を薦められ、販売がスタートすることになったそうだ。
それ以外にも「ポリープが消えた」とか、「抗がん剤の副作用が消えた」などの声は、牧野さんの元には届いているらしい。

しかしまあ、あくまでも個人の感想である。

 

国内では障害の多い養豚事業。養豚技術は海外に積極的に販売中

三代目は農業や環境とあったとおり、牛や鳥や豚などの養殖も手掛けているという河内源一郎商店。
中でも養豚には力を入れており、自社で行っている他、下請けにもその技術を販売している。

個人的にはこの画像に驚いた。

その他の国内の養豚業者にも提案しているものの、既得権益をむさぼる皆様の妨害などなど、色々な障害があって厳しいそうだ。
そのため海外に積極的に販売しているとのこと。

あとは麹を食べた豚の糞を使った肥料の販売もしているが、こちらは発売後に即完売するくらい人気なんだとか。

なのに養豚技術は買わないのはどうしてなんだろうと思ってしまう。
ただ、意識の違いも関係はしているらしい。

アイルランドに養豚技術の説明に行った時には、その場で電卓を叩いて商談の話になったそうだが、日本の養豚業者はコスト意識がそこまで高くないのか、そろばんを弾くような人は全然いないんだとか。

 

河内源一郎が作った鹿児島焼酎の基礎と杜氏の部落”笠沙”

1年に一度、時期で言うと仕込みが始まる前の8月に、酒造講習会ということで丸一日かけてその年の米や芋の特徴や、焼酎造りのポイントなどを伝えるそうだ。

それもそのはず、そもそも河内源一郎商店が焼酎の先生のようなもので、特に二代目の頃は蔵元の酒室の設計から携わることも多かったそうで。

 

霧島市界隈では黒伊佐錦で有名な大口酒造、そして実は霧島市ではないが黒霧島で有名な霧島酒造などもゼロから設計したとのこと。

そして鹿児島には笠沙と言う有名な杜氏の里があるが、その笠沙の杜氏さんから牧野さんは「当時の部落を作ったのは河内源一郎だ」という話を聞いたそうだ。

 

笠沙における大きな強みは、毎年違う蔵に杜氏が行くこと。
それにより笠沙では様々な情報交換が行われ、杜氏の腕や技術も飛躍的に上昇していったらしい。

しかし現在は機械化が進み、杜氏の腕や技術をふるえる場が少なくなっていると言われ、少し寂しくなった。

 

牧野さんは、最新鋭と言われる霧島酒造の工場を先日見学したそうだが、大きな工場に人間は誰もいなかったそうだ。

お米を蒸す作業ですら、機械に入ってその中を流れていくと蒸しあがった米が出来上がり、それを自動で冷やした後に河内菌を同じく機械で吹き付け、それが麹室と呼ばれる所に落ちていく。

 

そこに居る人は、工場のラインが止まらないように監視するだけ。
あとは全て機械がやってくれるというわけである。

牧野さんもビックリしたそうだが、私も聞いてビックリした。

 

芋焼酎でタピる?武蔵丸関も愛したキャッサバの芋焼酎とは?

河内源一郎商店で1年半ほど修業した後、青年海外協力隊としてトンガに赴き、そこで焼酎を作っている人もいるという。
日本で修業した人がトンガで焼酎を作り、その販売先はオーストラリア。

なんともグローバルである。

 

トンガでどんな焼酎を作っているのか牧野さんに聞いてみると、「キャッサバで芋焼酎を作っている」という、何だか最近はよく聞く単語が出てきて驚いた。

キャッサバと言えば、2019年大ブームのタピオカの原料である。
そういえばタロイモという芋の一種だったことを、言われて思い出した。

 

しかもそのツテを使って河内源一郎商店でもキャッサバを取り寄せ、芋焼酎を作ったんだとか。
その仕入れ先は、かつて相撲界で活躍した武蔵丸関のお父さん。

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武蔵丸関はハワイ島出身となっているが、お父さんはトンガ人である。

 

そんな武蔵丸関が現役の頃、優勝のお祝いにキャッサバの芋焼酎を部屋に送ったそうだ。
どうして武蔵丸関との親交が生まれたのかというと、九州場所の前に河内源一郎商店を訪れ、焼酎やらビールやらで大宴会を開催。

そして九州場所で初優勝を飾ったので、ゲンを担いでそれ以来毎年訪れているらしい。

 

ちなみに肝心の味はというと、最初に飲んだ時には全然美味しくなかったそうだが、数年ぶりに開けたらすごく美味しくなっていたんだとか。

「焼酎って10年ぐらい置くと化けるんですよ」と牧野さんはおっしゃっていた。

 

あの有名プレミアム焼酎森伊蔵は、かつて半分腐ったような漬け物の香りがする焼酎だった

焼酎は寝かせる期間や管理方法などで、いくらでも化ける可能性があってなかなか読めないようだ。

一例としてはメロー小鶴という焼酎があり、最初出来上がった時はどうかと思ったそうだが、10年ほど経ってから飲むと驚くほど美味しかったという。

ただ、現在販売しているものはまったく別物だそうだ。

 

それ以外にキミもきっと聞いたことがあるだろう、森伊蔵というプレミアム焼酎があるが、こちらにも河内源一郎商店の息がかかっている。

今でこそプレミアム焼酎の名をほしいままにしているが、昔は半分腐ったような、漬け物のような香りがする焼酎だったそうだ。
そのため河内源一郎商店の現会長である三代目が相談を受け、指導のために伺ったところもろみの管理が悪いことが判明。

もろみの管理が悪く、温度が上がりすぎると焼酎は漬け物のような香りがしてしまい、それは蒸留しても残ってしまうとか。

 

その改善方法のほかに、2、3点ほど改善案を提示したところ、現在の地位にいたるような焼酎へと変貌を遂げたんだとか。

少し手を加えるだけで大きな変貌を遂げられる可能性はあるものの、蔵元は蔵元で頑固な人が多く、なかなか難しいところもあるらしい。

 

あちらから頼ってくる状況であれば、こちらの言うことを聞いてくれるが、そうでない場合にはなかなか余所者の話は聞かないとのこと。

職人としてのプライドが邪魔するのかもしれない。

 

味の素を日本で初めて作ったのは河内源一郎

発酵によるグルタミンソーダの精製の技術を、日本で一番最初に発見したのは河内源一郎さんだという驚きの話も伺った。
今や味の素が、味の素として売っているアレである。

鹿児島大学の先生にできた結晶を見せに行き、その事実を間違いなく確認してもらったのに、残念ながらその1週間後に河内源一郎さんは急死。

河内さん自身もそれは予想ができなかったのか、そのやり方は彼の頭の中にしか存在しなかった。

 

これが河内源一郎商店から発表されていれば、現在の味の素は無かったかもしれないし、河内さんの世間への認知ももっと高かっただろう。
どのくらいすごかったのかというと、味の素がその方法を発見したのは河内さんの死から15年後だったそうだ。

 

まとめ

いかがだっただろうか。
河内源一郎商店について、下記のことをまとめてきた。

 

・河内源一郎商店の種菌は焼酎蔵における全国シェア80%!残りの20%はなんと。。。
・韓国のマッコリは河内菌によって多くの人に愛されるお酒になった
 「今の韓国のマッコリや焼酎には河内菌が使われているので感謝している」
 冷蔵庫で保管しているだけで味が変化していく河内源一郎流マッコリ
・わずか300グラムの種菌から、一升瓶の焼酎が800本
・初代、二代目、三代目、四代目がそれぞれ違う分野に走っていく
・霧島名物の霧島茶に麹を生やした茶麹(ちゃこうじ)の驚くべき事例
・国内では障害の多い養豚事業。養豚技術は海外に積極的に販売中
・河内源一郎が作った鹿児島焼酎の基礎と杜氏の部落”笠沙”
・芋焼酎でタピる?武蔵丸関も愛したキャッサバの芋焼酎とは?
・あの有名プレミアム焼酎森伊蔵は、かつて半分腐ったような漬け物の香りがする焼酎だった
・味の素を日本で初めて作ったのは河内源一郎

 

種菌について、麹について、知らないことばかりで目から鱗が落ちっぱなしだった。
ともあれ、麹にはまだまだ未知なる可能性が秘められているそうで、今後が楽しみである。

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