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『母の日参り』パートナーシップ活動発表会で俳優草刈正雄に男子も惚れ直す

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『母の日参り』パートナーシップ活動発表会で俳優草刈正雄に男子も惚れ直す

キミは母の日参りという言葉を知っているだろうか?
実は最近じわじわと普及・浸透してきている言葉、行動である。

それに尽力する『母の日参り』パートナーシップ企業による活動発表会が、プレス向けに行われたのでDSRも参加してきた。

 

この日は、その活動の一環である「第2回『母の日参り』手紙コンクール」選考委員長である草刈正雄さんも参加され、私も改めてカッコよさ、渋さにメロメロになった。

今回は「『母の日参り』パートナーシップ活動発表会で俳優草刈正雄に男子も惚れ直す」と題し、母の日参りについて、そして草刈正雄さんのカッコよさについてまとめていこうと思う。

母の日は国によって日付が違う

令和元年である2019年の母の日は5月12日。
日本では5月第2日曜日が母の日となっているが、他にもアメリカやブラジルなど、この日が母の日になっている国は多い。

しかし母の日がある国は他にも数多くあり、その日付は実に様々。

 

例えばノルウェーは2月第2日曜日、ポルトガルやスペインは5月第1日曜日、それ以外にも例えばメキシコは5月10日、タイは8月12日など、明確に日付が決まっている国もある。

 

母の日参り=母の日の起源・原点

日付と同様に母の日の起源についても国によって様々。
日本に関しては、アメリカと同じ出来事が母の日の起源と言われている。

そもそもは南北戦争が終わった直後の1870年に、女性参政権運動家のジュリア・ウォード・ハウという人が発した「母の日宣言」(Mother’s Day Proclamation)がすべての始まり。

 

これは、配偶者や子どもを戦場に送ることを拒否しようという宣言だったが、この時点では残念ながら普及はしなかった。

しかしジュリア・ウォード・ハウの娘のアンナ・ジャービスが、母が日曜学校の教師を務めた教会で記念会を開催。
亡き母親を偲んで白いカーネーションを贈ったこと、その想いに人々が感動し、翌年5月10日に同教会で初めての「母の日」が祝われた。

 

それからアンナ・ジャービスは国中で母の日を祝うことを提案し、1914年にはアメリカの正式な記念日に決定。
日付も、5月の第2日曜日と定められたというわけである。

日本での母の日のスタートは、そのアンナ・ジャービスから青山学院にメッセージが届き、当時の宣教師の熱心な働きかけが定着のきっかけと言われている。

 

しかし普及までのは時間がかかり、今と同じ5月の第2日曜日に行われるようになったのは、1949年(昭和24年)ごろとのこと。
その間には、当時の皇后の誕生日である3月6日という動きもあったらしい。

ともあれ亡き母を偲ぶこと、つまりは母の日参りが母の日の起源であり、原点というわけである。

 

『母の日参り』パートナーシップとは?12者(6企業・6団体)

そんな母の日参りの普及・浸透を目指し、業界の垣根を超えて「『母の日参り』パートナーシップ」というものが結成された。

本当に様々な業種・業界が揃っている

 

『母の日参り』パートナーシップ〇供養関連

(株)日本香堂
(一社)PRAY for (ONE)
(一社)全国優良石材店の会
(一社)日本石材産業協会

 

『母の日参り』パートナーシップ〇花卉業界

JAグループ和歌山
(株)日比谷花壇
サントリーフラワーズ(株)
(一社)花の国日本協議会

 

『母の日参り』パートナーシップ〇菓子業界

(株)亀屋万年堂
(株)清月堂本店

 

『母の日参り』パートナーシップ〇郵便事業

日本郵便(株)

 

『母の日参り』パートナーシップ〇流通業界

生活協同組合コープさっぽろ

 

母の日参り手紙コンクール第2回の選考委員長は俳優の草刈正雄

そんな『母の日参り』パートナーシップ主催で開催された第2回『母の日参り』手紙コンクール
今回は俳優として脂が乗りきっている草刈正雄さんが選考委員長を務められた。

 

立っても座っても、声もカッコイイ草刈正雄

ダンディすぎる。
声も渋く、カッコ良かった。

草刈さん自身も母親との思い出について存分に語ってくださった。

 

草刈さんの少年時代と、お母さまとの写真はこちら。

草刈さんの当時のあだ名は「バービー」だったそうだが、納得である。

草刈さんの父親はアメリカ軍の兵士だったが、朝鮮戦争で戦死。
お母さまは女手一つで草刈さんを育てられた。

 

中学時代には貧しい家庭を少しでも救えればと考え、アルバイトを掛け持ち。
その後スナックで働き、そこでモデル事務所を紹介され、芸能の仕事のために東京へ。

 

時代劇映画のスターと草刈正雄

俳優の仕事がうまくいった要因、そして自身が芸能界に進もうと思ったきっかけは、貧しいながらも幼い頃に時代劇映画によく連れて行ってもらったことだと語られていた。

草刈さんのお手本は当時の時代劇スター。
その演技が話題になった真田丸の真田昌幸や、なつぞらの柴田泰樹でも活きているというわけである。

お母さまは残念ながら亡くなられていて、真田丸やなつぞらはご覧になってないそうだが、「見てほしかった」と仰っていた。

 

母親への思い入れが強い草刈さん。
今回の選考も、涙腺崩壊で苦労されたそうだ。

ご自身のオフィシャルブログでも選考に苦慮したことを書かれている。

「母の日参り」手紙コンクール

 

受賞作品は頑張ってるお父さん (新潟県在住、49才の 男性)の「ばあちゃん(母)、素直になれずゴメン」

そして金賞受賞作品は草刈さんから発表された。

1,322通にも及ぶ作品の中、見事金賞を受賞したのは新潟県在住の「頑張ってるお父さん」さんの作品。
そしてこの日は、わざわざ新潟からご本人がいらっしゃっており、賞状や副賞などを草刈さんから直接授与された。

当然と言えば当然だろうが、かなり緊張された様子の「頑張ってるお父さん」さん。
そんな緊張を解きほぐすかのように、優しく微笑みかける草刈さんの姿がなんとも印象的だった。

これは、惚れ直す。

そして最後はガッチリと固い握手。

金賞受賞作品は、下記リンクから読むことができる。

第2回『母の日参り』手紙コンクール 〈金賞〉受賞作品を発表

 

まとめ

いかがだっただろうか。

母の日参りと草刈正雄さんについて、下記のことをまとめてきた。

 

・母の日は国によって日付が違う
・母の日参り=母の日の起源・原点
・『母の日参り』パートナーシップとは?12者(6企業・6団体)
・母の日参り手紙コンクール第2回の選考委員長は俳優の草刈正雄
・受賞作品は頑張ってるお父さん (新潟県在住、49才の 男性)の「ばあちゃん(母)、素直になれずゴメン」

 

私は幸いなことにまだ母は存命だが、母の日には贈り物をしている。
今年は例年以上に特別な気分になれそうだ。

キミも少し違った形で母の日を迎えてみてはどうだろうか。

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